カテゴリー:中央図書館
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記事分類:イベント公開日:2025年3月22日
中央図書館の特別コレクション「浅野文庫」に所蔵している資料を紹介するサテライト展示を行います。
浅野文庫の「百人一首」は写本(しゃほん、手書きで書かれた本)で、1ページにつき1人、鮮やかな歌人の絵が描かれ、和歌1首と歌人名が書き添えられています。序文やあとがきなどが無いため絵師や成立時期などは不明ですが、安永4年(1775年)に刊行された「錦百人一首あつま織(にしきひゃくにんいっしゅあずまおり)」と絵が同じであることが指摘されています。
今回は浅野文庫本と「錦百人一首あつま織」を紹介するほか、「百人一首」の中から春の和歌6首を展示します。この機会にぜひご覧ください。
令和7年3月22日(土)~5月6日(火)
中央図書館 2階 サテライト(北側)
浅野文庫の「百人一首」(以下、浅野文庫本)を紹介するサテライト展示を行いましたので、展示内容の一部を掲載します。
百人一首とは百人の歌人の和歌を一首ずつ選び集めた歌集のことで、普通、鎌倉時代初期に藤原定家(ふじわらのさだいえ/ていか、応保2年(1162年)~仁治2年(1241年))が選んだ「小倉(おぐら)百人一首」(以下、「百人一首」)を指します。
藤原定家は平安時代末期から鎌倉時代初期に生きた歌人で、「新古今和歌集(しんこきんわかしゅう)」「新勅撰和歌集(しんちょくせんわかしゅう)」を編纂する等、歌壇の中心人物として活躍しました。
百人一首は平安時代を中心に、奈良時代から鎌倉時代初期に至る歌人の秀歌(しゅうか、優れた歌)を集めており、王朝貴族文化を感じる古典文学の代表的作品として広く享受されました。
百人一首の写本は1,000本以上が伝わり、室町時代の写本だけでも100本以上現存しているといわれています。歌の作者は男性79人(僧侶13人を含む)、女性21人で、ほぼ時代順に配列され、平安朝和歌の変遷や平安時代の歴史・文化を感じることができるのも魅力です。
江戸時代に入っても注釈書(ちゅうしゃくしょ、語句の意味等を解説した書物)が数多く記され、江戸時代中期頃からは特に女子の古典入門書として普及しました。書道の手本やかるた遊びと結びついたことで近世庶民教育にも多大な影響を与え、現代でも古典教材や競技かるたとして知られています。
平安時代後期の肖像画の流行にともない、歌仙(かせん、優れた歌人のこと)の姿が描かれるようになりました。歌仙絵(かせんえ)は鎌倉時代に全盛期を迎え、その後やまと絵の主要画題として描き継がれていきます。
百人一首の歌仙絵は江戸時代になって急激に増えたと言われています。画帖(がじょう)のうち、現存する最も古いものは江戸幕府御用絵師を務めた狩野探幽(かのうたんゆう、慶長7年(1602年)~延宝2年(1674年))のものと言われています。(「探幽/百人一首図」)
また、歌仙絵は絵入り版本(はんぽん、印刷して刊行された本)の題材にもなりました。百人一首の絵入り版本の初出は、江戸時代初期(元和・寛永(1615~44年))頃、角倉素庵(すみのくらそあん)が制作したものと言われ、後世のかるたや絵入り版本の手本となりました。
江戸時代前期(元禄・享保(1688~1735)の頃)までは、素庵本のほか、浮世絵師・菱川師宣(ひしかわもろのぶ)が描いた歌仙絵と歌意図を載せた「百人一首像讃抄(ぞうさんしょう)」と浮世絵師・長谷川光信によって描かれた本(書名不明)の3系統が流通し、影響を受けた版本も多かったようです。
江戸時代中期には出版文化の発展により、歌仙を主題とした版本が数多く刊行され、色彩を施したり姿態に様々な趣向を凝らしたりする等、人物表現も多彩になりました。
※ やまと絵:日本の風景・事物を描いた絵。中国の風景などを描いた唐絵(からえ)と区別していう。
「錦百人一首あつま織」再版本(国立国会図書館デジタルコレクション、インターネット公開(保護期間満了)15コマ)
「錦百人一首あつま織」は、安永4年(1775年)に刊行された百人一首の絵入り版本で、江戸時代中期の浮世絵師・勝川春章(かつかわしゅんしょう、享保11年(1726年)~寛政4年(1792年))が歌仙絵を描いています。
勝川春章が描いた歌仙絵は、座り姿で描かれることが基本だったこれまでの歌仙絵とは異なり、100人中46人が立ち姿で描かれ、個性的で動きに富んでいます。素庵本、菱川師宣本、長谷川光信本の3系統とは異なる人物表現で、これまでの歌仙絵版本とは明確に一線を画すものであると注目されています。
勝川春章は江戸時代中期の浮世絵界をリードした絵師の1人で、役者絵版画と肉筆美人画というふたつの分野で活躍しました。特に役者絵は鳥居派による旧来からの形式化した画風を革新し、似顔絵によって写実的な作風を示したことが知られています。勝川派をおこし、弟子には役者絵や相撲絵の分野で師風を継承し発展させた春好(しゅんこう)や春英(しゅんえい)、勝川派の枠を超える活躍を見せた春朗(しゅんろう、葛飾北斎(かつしかほくさい))等がいます。
また、「錦百人一首あつま織」には初版本(跡見学園女子大学図書館/蔵)と再版本でいくつかの違いがあることが指摘されています。
和歌と歌人名の書は、初版本は勝川春章、再版本は江戸の書家・猨山周之(さやましゅうし)の筆と推定されており、筆跡だけでなく書き方も大きく異なります。初版本では天智天皇と持統天皇の和歌が歌仙絵の上に書かれていますが、再版本では別のページに書かれています。
また、再版本には初版本にない序文と六歌仙評があります。
なお、流布したのは再版本の方で、明治に至るまで様々な版が刊行されたようです。
「錦百人一首あつま織」の初版本、再版本と浅野文庫本を比較してみました(表1「初版・再版・浅野文庫本比較」)。
浅野文庫本には自序、序文、刊記が無く、「錦百人一首あつま織」から百人一首歌仙絵の部分のみを抜き出して写されています。
天智天皇と持統天皇の和歌を歌仙絵の上に書いているところは初版本と同じですが、和歌や歌人名の筆跡と書き方は、初版本・再版本とも異なります。初版本、再版本ではともに、和歌を歌人名や空間で区切り、読み順が右から左ではない場面がいくつか見られました。一方、浅野文庫本では歌人名は必ず和歌の前か後に配置され、和歌は右から左に読むように固定されています。そのため浅野文庫本の方が、初学者が和歌を読みやすいように感じられます。
歌仙絵は構図が同じで、服の模様もおおよそ一致します。「錦百人一首あつま織」では彩色が無いところもありますが、浅野文庫本では紐等の小物も含めてすべて彩色が施されています。繊細なグラデーションや、着色の上から白で模様が描かれる等、江戸時代の絵画表現の豊かさを感じることができます。
浅野文庫本は広島藩主浅野家の旧蔵書ですから、この本は当時、浅野家の女子が古典の入門書として読んでいたことが予想されます。一般に出回る版本を与えたのではなく、「錦百人一首あつま織」を元に絵師に描かせた百人一首を与えたのでしょうか。歌仙絵は勝川春章または弟子が描いたのかもしれません。
皆さんも是非、美麗な歌仙絵とともに「百人一首」の和歌を楽しんでいただければと思います。
なお、当資料は「広島市立図書館貴重資料アーカイブ」でインターネットを通じて見ることができます。髪の毛や着物の模様など、細かい部分を拡大して見ることができるのもデジタルアーカイブの魅力です。この機会に、ぜひアクセスしてみてください。
※ 「展示内容」記事では春の和歌は省略します。
(1) 展示した本
(2) 参考にした本
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